値段が高い店への俺的スタンスの再確認 

我が麺友、山田ホニャララさんが、つい先日ツイッターでこんな事を書かれていたのです。
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山田さんは日本唯一(本人調べ)のヌードルライターとして、麺を食いまくって記事を書いたりしてる一方、ご実家は製麺所であり、奥様はうどん屋を営んでいて、売り手としての目線も持っている(であろう)お方。そんな方のこのツイートを見て、「理解は出来るが全面的に賛成ではない」と感じた俺が、ちょいと思うところを書かせていただきます。なお、これはあくまで「現時点の俺の意見」であって、いつかその目線は変わるかもしれない。一応断っておきます。
まず自分のスタンスは、以前から「コスパの安いものは認めるが、高いものも否定しない」です。「高くて美味いは当たり前」とか言う人が多い中で「高くてむっちゃ美味いを作れる人はすごい」と言い続けていたつもりです。つまりは「値段の高さを納得出来るかどうか」なわけです。味だけで納得させられれば、それは理想でしょうけど、現実的には素材、調理法、人件費、様々な「値段の高さ」の要因があると思います。それが値段に反映されるのは当然のことです。ていうか反映されるべき。であれば、あとは「納得出来るか」です。ここが、山田さんのツイートに「全面的に賛成ではない」と思ったポイントです。抜粋します。

値段が高いと感じるモノって、果たして本当に高いんだろうか。自分がそのモノの本当の価値を理解出来るレベルに達していないだけなのではないか。高いと突き放して、考えることを止めていないか。そのものの価値をちゃんとわかる人間になりたい。

理解は出来ます。目指したい境地です。でも、食事は食事。一日三食、それは通り過ぎていく日常の一角です。そこまで食事に高い意識を持っている人はかなり少数でしょう。もう一つ抜粋。

値段の高い安いじゃなくって、もっと価値のほうで議論したほうが建設的ではないんでしょうかね。

そうですよね。麺ブロガーとしてそう思いますし、そう願ってます。でも、全ての食べる人のうち大半は「食事に議論なんて求めてない」と思うんです。今日食ったメシが高かった安かった、美味かった不味かった、多かった少なかった、居心地良かった悪かった、それくらいだと思います。そういう人たちに議論を吹っかけるのはあまり意味がないと思います。でも、議論以外でそういう人たちに、売り手側からアプローチ出来る事はあると思うんです。つまり、

「価格が高い理由をアピールする」

要するに「値段の高さ」を「納得出来る」ように「店側からアピールする」事です。「自分がそのモノの本当の価値を理解出来るレベルに達」する事を、客に求めるんじゃなくて、もっと店からアピールしてもらえないかと思うのです。例えば、羅臼昆布と伊吹島の煮干しをふんだんに使っているうどん屋の常連が、平凡なうどん屋に入ってその味にがっかりした時に、「いつもの店は羅臼昆布と伊吹煮干しを使ってるから美味しかったんだ、だから俺は好きだったんだ」と気付けるように、店からの情報発信は大事だと思うんです。店的にも、その常連的にも。店を育てるのは客だといいますが、客を育てるのは店だとも思うんですよ。「俺の努力に気付いてくれ」だけではなく「俺はこんな努力をしているよ」ってアピールは、それを見る側も育てると思います。
壁一面に素性とか調理法とか職人の一覧を書きまくってる店もありますけど、そこまでやらなくていいと思います。ただ、メニュー表に「ウチが使ってる素材の素性」あるいは「ウチの調理法にかかる手間」とか、そんな「ウチの値段がちょいと高い理由」を書いたA4用紙(片面印刷)を混ぜるだけでもいい。それで、客が値段に納得して、また来てくれるのであれば、それは店にとっても客にとっても嬉しい事ではないかなぁ、と思います。

改めて書きます。

「貴方の店がそういう値段にしている理由を、納得させてください」。

多分それが、はじめてその店に入った一見客がリピーターになるために、一番大事な事だと俺は思います。
以上、長文失礼しました。反論やツッコミなどありましたら、コメント欄に是非、お待ちしております。



あとは俺の個人的意見。「個性」は値段に反映されるべきだと思います。「他の店では味わえない、その店ならではの要素」は貴重であり、それを得るために素材なり努力なりがあったなら、それは値段に反映されて然るべきでしょう。だから、特に個人経営の店は、「俺味」を追求して欲しいと思います。「貴方にしか出せない味」は、金を払うべき要素だと思います。努力と研究を重ねて作った味には、ちゃんとそれ相応の値段をつけて下さいませ。まあ、二度目があるかどうかは、「味と値段が釣り合っているかどうか」になるとは思いますが(笑)。



とまあ、いろいろ書きましたが、こいつらが俺が念願叶ってラーメン屋をやれる事になった時に、カウンターとして返ってきそうな気が。いやまあ、書いたことは理想論なんで、それが叶うようにやれればいいとは思いますけどね。ええ。

コメント

ますけんさんへ。

>値段が高くても安くても、自分の味の好みやお店の雰囲気が好みなら必ず再訪します。食べたい時に食べる。食べてみたいとこで食べる。また食べたいと思ったとこで食べる。私はただ単純にそう思って食べてます。そんな私は単細胞ですよねf(^^;

いえいえ、単細胞なんかじゃないです。むしろ食事に限らず、モノを選ぶ本質はそこにあると思います。選ぶ理由なんて「なんとなく好み」が理想かと。
ただ、自分は理系気取りなもので、「考えを体系づけたがる」「理由を決めて自分を納得させたい」みたいな感じで書いたのがこのエントリー、って感じです。
我ながら、面倒な人間だなぁと思います(笑)。

値段が高くても安くても、自分の味の好みやお店の雰囲気が好みなら必ず再訪します。食べたい時に食べる。食べてみたいとこで食べる。また食べたいと思ったとこで食べる。私はただ単純にそう思って食べてます。そんな私は単細胞ですよねf(^^;

きんさんへ。
あらまあ、軽い災難でしたね(笑)。135度ってのがまた微妙。180度だったら笑い話になり得るのに。
自分も、店からアピールして欲しいとは書きましたが、それを受けた上で納得出来るかは別問題ですもんねぇ。
客商売ってのはかくも難しいモノなんですねぇ。しみじみ。

沙村さんへ。
コメントありがとうございます。
自分は承認欲求が強めなようで、時々「俺こういう風に思ってるんだ、みんなどう思う?」みたいな事言い出して、何の反応も無くて落ち込むって事もしばしです(笑)。
一方、ネットを通さない素の自分は、人の話の聞き手に回る事が多くて、「俺こう思うんだけどなぁ」ってのは飲み込んで話さない事が多いです。わー、典型的なネット弁慶だー(笑)。
なので、またこんな事があるかもしれませんが、どうか見捨てないでいただきたく思います。面倒な時は飛ばし読みで結構ですんで。
でも、こんなやりとりでも、楽しんでいただけたのであれば嬉しく思います。ありがとうございます。

山田さんへ。
丁寧なコメント、ありがとうございます。
自分が山田さんのツイートに反応したのは、自分の中に「値段が高いメニューへのスタンスをある程度の形にしたい」というもやもやした気持ちがあって、それがツイートを見た時に一気に固まっていったんだろうと思います。
なので、山田さんのツイートはあくまで「きっかけ」であって、それを自分の意見との対比構造にしたのは良くなかったと思います。こちらからも巻き込んでしまった形になり、申し訳ありません。

背景もおおよそわかります。「勝手な定義づけ」「価値観の押しつけ」っぽい感じですね。話してわかるならいいんですが、こういう方々の大半は話したがるくせに人の話は聞かないので(勝手な定義づけ(笑))困ったものです。
「こと食べ物の嗜好、趣味についての議論は大変野暮」ってのも激しく同感です。オススメまではいいですけど押しつけにならないように気をつけているつもりです(酔った時除く(笑))。

重ねて書きますが、山田さんのツイートはあくまで「きっかけ」であって、それを元に自分の考えをまとめることが出来たので、むしろ感謝しております。ただ、自分の書き方が稚拙で、こちらからも巻き込んだ形になってしまい、申し訳なく思っております。
この件はまた改めて、お会いした時にでもお話し出来ればと思います。どうぞ、よろしくお願い致します

ものすごくたまたまですが、今日は出張先のボストンでラーメン屋(日本のチェーンではない)に行きました。たいへん楽しいうんちくがメニューに書いてあったのですが、出てきたもののお味は、能書きと135度くらい違った方向のものでした。美味しかったですけどね。そして、お高かったのはいわずもがな。

想いは、えてして空回りするんだよな、と得心した一夜でした。

場違いかもしれませんが、みおせるさんの本文と山田さんのコメントを読んで、いいなぁ、と思いコメントしました。

食べるって生きる上で必須で、それゆえ栄養さえ取れていれば役割を果たしているとも言えるもので、食べること・食べるものに対して淡白な人もいます。
私は外食はあまりしませんが(決して嫌いではないけど)作ること、食べることを熱心に考えます。
でも、その熱量を誰かと共有するだとか誰かに見せるだとかを躊躇してしまうんです。
なので、お2人の食に関しての真摯なお話を読んで、素敵だなぁ、と思いました。
真剣に食について考えるのってやっぱり面白いことなんだな、と。

乱文失礼しました。
お店とかに関わりのないただの一般人ですが、思わず考え込んでしまいました。
楽しいきっかけを頂いた気分です。

お考えが、もちろん文面だけで全てが判断できるわけではないんですが、とてもよく伝わってきて、ぼくはみおせるさんの指針となるところがよくわかり、共感できました。

実はあるSNS上でのやりとりがあり、それがこのツイートを書くにあたった根っこにあります。だから、その背景抜きでぼくのツイートを読ませてしまったのは反省すべきですが。

ちなみに、その方の論理は、ある東京の福岡発の店に行って、〜〜というメニューが***円もするなんて高すぎる、もう行かない、博多うどんなのに高いとはけしからん、と結構な言いようだったので、そういう一方的な考えがぼくの中で結構キツく(直接ぼくに何かを言われたわけではないんですが、、、)例えば、高いものには理由、お店なりの考えや方針があって、それは翻ってその方にかえってくるんですよと思ったんです。

そういう事情から「価格=結果」ではなく「価値=過程」で話したほうが、その方にとってももっと楽しく麺が楽しめるんじゃないかと思った次第です。

だからみおせるさんのいうところの「価格が高い理由をアピールする」という工夫、発想がお店サイドにあれば、その方の感じ方や言動は変わったかもしれないと思いますし、
また、お店が自らの考え、素材選びについての思いなどを書いてくれるというのはぼくも嬉しいですし、なるほどと感心することもしばしばです、

そして「議論」という言葉をぼくが、上記の背景からの流れの中という限定的なところで使ってしまったのがよくなかったのですが、、、そもそも、こと食べ物の嗜好、趣味についての議論は大変野暮なものであると思っています。
だから議論という言葉を選んでしまったのがそもそもの間違いでした。

食べ物の好みって、たぶん人間性そのもの、人となりのまさにそれ、という気がしています。食わねば死にますから、生きることにダイレクトにつながる食べること、その食べ方について、ましてや他人のそれについて、なんらぼくは口出しするつもりはありません。
もちろん、「ああこの人とは合わないな」と思ったりもするでしょうが、だからといって、このように食べてください、このように食べたら良いんじゃないですか、高いものは美味しいから食べてほしいというように、押し付けることは(例えば食卓でのマナー、タブーについてはその限りではありません)言うつもりもないですし、その人の食べ方を変えたいという考えはないです。好きなように食べたらよい、と思っております。

いろいろ書きましたが、ぼくが深夜にぼやくような感じでつぶやいてしまって、なんだかみおせるさんを巻き込んで!?しまって、申し訳なく思います。

仮に、この一連のツイートが鼻から「何かを伝えよう」とする文章を書くつもりでだったら、背景を書いて、なぜそのようなことを書くのか説明も丁寧にしていたと思います。ただ、今回は「気持ちを吐き出すような言葉」であり、誰かに何かを伝えようとしていない言葉だったため、その伝わり方が中途半端になり、本質とは離れたところに行ってしまったように思います。これから控えようと思いました。きっとみおせるさんにおいても文字にするにあたり、お時間を使わせてしまったと思います。申し訳ありません。

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